これからも妻といっしょに

がんで無くなった妻。その魂と引き続き共に歩みます

自分の、今後の生活について考えた

妻がこの世を去って1年8ヶ月半が過ぎた。
当初は、嘆きの感情が一日中覆っている毎日だった。
最近は淡々とした、しかし喜びのない日々を送っている。


午前中は、
戦うための“交感神経”がまだ眠っていて、
リラックス時に働く“副交感神経”の方が勝っているので
喪失感の圧力に対抗出来ず、押しつぶされそうになる。
それに必死で耐えている毎日だ。


午後からは交換神経が勝ってくるので喪失感に少し対抗出来るようになる。
しかし、何の前触れもなく強い喪失感が来ることがあり、
その時は、やはり押しつぶされそうになる。


喜びを感じる時間帯もある。
それは、妻の魂の存在を感じた時だ。


以前のブログでも書いたが、
妻の魂が、虫の体を借りて私の目の前に現れた時
妻の魂が、私の体の中に入って来たと思われる瞬間、
気持ちが楽になり、希望が出てくる。


この様な、体感をより多く経験することで、
妻に出会える日を楽しみにしながら
毎日を過ごしつつ、自分の死期に近づいていく。
今後の私の生活は、この様になると思う。


心の平安が訪れる時はいつかと言うと、自分が亡くなる直前ではないかと思っている。


その理由は、
妻よりも長く生きていることが、
妻に対して申し訳ないと感じており、
その感情から解放される時になるからだ。


妻が迎えに来て、二人で手をつなぎ、
まわりが花で覆われた野道を、あの世に向かって歩いて行く。
その光景は26年前の結婚式において、二人で入場した時を彷彿させ、
二人にとっての再人生の入り口となり、幸せな気持ちになれそうだ。


その様な瞬間がこの先あることは、希望が存在することとなり、
今、生きて生活していることは、
無駄ではないと考えることが出来る。

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