これからも妻といっしょに

がんで無くなった妻。その魂と引き続き共に歩みます

涙が出るのは、なぜか

nora

9日の朝、久し振りに妻の夢を見た。


内容は、


私は高校生で、周りはすべて男子生徒だったので、
男子校なのだろう。


一コマの授業が終わり、休憩時間となり、
外廊下に出て向かいのビルの屋上を見上げると、
チェロのような大きな楽器と、もう一つ大きな荷物を背負って、
下を見下ろしてる妻がいた。(実際の妻は、音楽をやってる人ではない)


妻は数日前に出かけて以来、家に帰ってきていなかった。


妻に向かって手を振ると、
気が付いた妻は、ビルの屋上から下りはじめ、
こちらに向かってきた。


妻と会話を交わし(内容は覚えていない)、
私は次の授業があるので、
「家で会おう」と言って、教室に戻った。


もう会えないかもしれないと思っていた妻が、
現れたことで、ホッとしたとともに、心が温かくなった。


そこで目が覚めた。


「なんだ、夢か」と思い、
「そんなことあるはずがないよな」
と、いつも夢で妻に会った後に出てくる感情に付き合った。


何度もこういう経験を繰り返すと、
割と冷静に感情をコントロールできるようになっている。


夢であったことは、残念なのは残念だけど、
以前のように、
夢から現実に引き戻される流れに飲み込まれることはなくなっている。


免疫が出来たのかな。


でも、
今回登場した妻は、今までで一番妻らしく、
バーチャル度がそぎ落とされた妻だった。


妻らしい妻と、冷静さが増している私、
二人で話してる時、
本当に妻と話してるようだった。


はしゃぐことなく、グッと重みのある余韻を
夕方くらいまで、味わうことが出来た。


10月9日は、妻が火葬された日だ。


この日に、妻の肉体は完全に消滅した。


“魂”というものがあるとしたら、
妻は、完全には消滅していないことになる。


逆に、
“魂”というものが、存在しないとしたら、
妻という人は、すべて完全に消滅したことになる。


それは、誰もわからない。


棺が火葬炉に入っていくのを見て、
言いようのない悲しみが突然私を襲い、
溢れだしそうな涙を、ぐっと抑えて耐えたのを覚えている。


妻が亡くなった時には、涙は出なかったが、
妻の肉体がなくなるこの時は、
妻との本当の別れになると思うと、
どうしようもない悲しみが溢れ出てきた。


その時、妻のすべてがなくなったと思った。


それから7年が過ぎ、
妻の肉体はなくなったが、
魂という形で存在しているかもしれない
と考えるようになった。


であれば、泣く必要はないと思っている。


でも、時々、妻を思い出して泣くことがある。


ということは、
“魂”の存在を、完全に信じている訳ではないということなのか。

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