相性
人間関係には“相性”というものがある。
相性がいい人もいれば、悪い人もいるし、どちらでもない人もいる。
地球にいる人間の数は81億人。
日本の人口は、約1億2400万人。
その中で、私と出会ったのは、
親族、妻家族、学校関係、会社の人、趣味のテニス関係、習い事関係、等であり、一握りになる。
相性が良かった人、相性が悪かった人、どちらでもない人、
いろいろいた。
会社など、一定時間、枠のある空間にいなければならない場合、
相性の悪い人とも付き合わなければならないため、結構しんどかった。
でも、仕事だと割り切って付き合っていた。
今は、会社勤めも終わり、
相性のいい人に絞った人間関係を、独自に作ることが出来ている。
結婚となると、相性は必須となる、
出会った女性の中から伴侶として選んだのが、妻だった。
世界の女性をざっと40億人とすると、
出会う出会わないは関係ないとして、40億分の1の人ということになる。
その“40億分の1の人”との相性は、
出会った女性の中で、文句なく1番だった。
妻としても、私を相性のいい人として見ていたのだと思う。
しかし、妻にとって、
もっと相性のいい人がいたら、そちらに行っていただろう。
でも、私は、妻と結婚することが出来た。
相性をはかる指標として、
心が動くかどうか が目安となる。
相性が良くないと、感情を動かそうとしても動かない。
妻は、私の心を動かしてくれる人だった
妻は、私の心を
意図的に動かそうとしてる訳ではなかった。
それでも、私は、
妻の表情、言動、仕草を見て、
心が自然に動いているのを感じていた。
相性がいいと、言葉はなくても繋がっている感じがしていた、
妻とは、二人の “共有体験“ を、24年半増やしつつあった。
しかし、
“共有体験の積み立て” は、24年半で途絶えた。
共有体験が出来るパートナーの必要性は、
いなくなって、特に強く感じている。
何というか、生活に“潤い”がなくなった。
その“潤い”は、
相性のいい人とでないと、作ることは出来ない。