これからも妻といっしょに

がんで無くなった妻。その魂と引き続き共に歩みます

癌 告知から亡くなるまで 妻と過ごした137日 ⑫

nora

6月30日、朝、妻は、今日もコーヒー、トーストの準備はしない
過去のお金の倹約を強要したことに対して妻は再び私に当って来た


「区の健康診断は無料でも、再検査になった時に、お金を出してもらえないと思い、
受診しなかった。
数年前、ライフプラン表を作って、壁に貼ったりして、君は“アスペルガー“か。」
と激しく責めてきた。


私は「60~65歳で倹約生活をして、お金を貯め、
65歳から2人で老後を楽しもうと思っていた。
しかし、やりすぎたとも思っている」
と初めてその理由を説明した。
そして、謝った。


7月2日、朝、私は妻から頼まれた、
ヨーグルト、ジュース、イチゴミルク、トイレットペーパー
を買うため100円ローソンへ行った。


13時20分、私が自分の部屋で、テレビの録画を見ていると、
妻が入って来て、
「こっちの部屋に来て。私は死ぬんだから。」
と言って私を連れ戻しに来た。
私は言われるまま、妻の部屋に戻った。


その後、妻から洗濯の手順を書いたメモの説明を受け、洗濯を行った。
洗濯はすべて妻に任せていたので、独身時代以来、初めての洗濯だった。


7月3日、私はバイトの帰りにスーパーでゼリーを買い、
電気量販店へ立ち寄り、蛍光灯を購入、
自宅近くの100円ローソンで、妻から頼まれた 
ジュース、リンゴ、トイレットペーパー を買った。


私が買ってきたゼリーを妻は食べ、美味しいと言ってくれた。


7月4日、「健康寿命考えたら、“のら”ちゃんが70を超えると
私に対して、十分な介護が出来なくなる。
それを考えると、神様がこういう風にしたのかな。
この形が一番良かったのかも。」
と妻は言った。


私も、無くなる順番は私が後の方がいいと思っていた。


私が独りになってもなんとかなるが、
妻が独りになるのは、心配でならない。
私が妻を看取るのがいい。
しかし、妻の死は早すぎた。


夕方、取り込んだ洗濯物を、二人で一緒にたたんだ。
今日は、久しぶりに寄り添って寝た。

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