掃除
掃除といえば、部屋の掃除が思い浮かぶが、
心の中の掃除というのがあると思っている。
妻は掃除が苦手な人だった。
片づける気力がなかなか湧かないことが理由だと思っている。
だらしない性格かというと、そうは思っていない。
妻が、発達障害の一種のアスペルガー症候群だったことが
そうさせていたことはわかっている。
生まれつき持っている“脳の癖”がそうさせていたのだ。
妻は、部屋の掃除は苦手だったが、
私の心の掃除は、得意だった。
妻は、掃除をしている意識なしで、
結果として、私の心の中を掃除していた。
妻が持っている掃除道具は、
掃除機やルンバではなく、一本のほうきであったように思う。
機械ではなく、アナログで掃除をしてもらっている感じだった。
そのアナログ掃除は、
私に精神的な豊かさをもたらしてくれた。
妻を亡くした後、
私は部屋を少しずつきれいにしていった。
逆に、私の心は、少しずつゴミが増えている気がする。
部屋の中は少しマシになったが、
心の中は、汚れが目立つようになった。
以前と、逆になりつつある。
部屋の整理は、
自分が頑張れば、やっただけの成果は得られるが、
心の掃除は、
ほうきを持った妻の登場がないことには始まらない。
妻をあの世から呼ぶことも出来ないし、
このままゴミが増えていくことが予想される。
私の心の中はゴミ屋敷になってしまう。
でも、その状態は期限付きであり、心配していない。
私があの世に行った時、
妻を見れば、心の中のゴミは自然と消えて行くだろう。
この世と違って、“部屋”というものはないはずなので、
そちらの心配もいらない。