これからも妻といっしょに

がんで無くなった妻。その魂と引き続き共に歩みます

アスペルガーの妻

大人の自閉スペクトラム症(ASD)をテーマにした番組を見た。
たまたま見たのではなく、
テレビ番組表にあった番組名を見て、見るつもりで見た。


ASDとは、コミュニケーション・対人関係の困難とともに、
強いこだわり・限られた興味を持つという特徴がある発達障害
と説明されている。


ASDには、「アスペルガー症候群」も含まれている。


その番組を見ようとして見た理由は、
妻がアスペルガーだったからだ。


そのため、妻は生きづらさを持った人だった。


妻がアスペルガーだと私が判断したのは、
私が53歳前後、妻が48歳前後の時だった。


会社の研修を受けた時、
「アスペルガー症候群」という精神疾患の説明があり、
その特性のほとんどが、妻に当てはまることに気付いた。


妻にアスペルガーの特性を話すと、
妻は、「私そのものだ」と言って、すんなり受け入れた。


妻と結婚し、生活していて、
少し変ったところが多い人だと感じてはいたが、
そこが面白いと、私は思っていた。


「空気を読まない」ところについては、私は、ほとんど気にならず、
逆に、「同調圧力なんかどこ吹く風」 というような、日本人的でないところが、
私にとっては、新鮮だった。


妻がアスペルガーだということがわかった後は、
妻に対して、
それまでの、「好き」だという感情に加えて、
守りたい」という感情が加わった。


守る自信はあったのに、守り切れなかったという後悔が、
私の悲嘆のうちの大部分を占めている。


妻と付き合っている時に、
「家事はしない、子供はいらない」 と妻が言った意味が、
最近になって、わかったような気がする。


妻は、アスペルガーという言葉は知らなくとも、
自分の特性を知っていたのだと思う。


子育てや家事は、自分には、難しいと判断していたのだろう。
それで、
「こういう私でもいいのですか」 と問いかけたのだと思う。


アスペルガーの特性は、脳の前頭前野の機能不全が原因だと言われている。
生まれた時からそうであって、決して怠けているのではないということだ。


「前頭前野」は、
コミュニケーション、思考、創造、行動・情緒の抑制、意欲、自発性など
と関係が深い という説明がある。


妻は悩んでいたと思う。


アスペルガーの特性を、ある程度理解していたにもかかわらず、
妻に対して、十分なサポートをしなかったという反省がある。


本当に自分は間抜けな人間だと思う。

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