健康診断を受ける意味
健康診断に行ってきた。
毎年受診しているクリニックであり、
妻が腹痛のため検査を受け、がんの疑いを告げられた場所でもある。
診察を座って待っている時、
妻の今後の治療について相談をした医師が、
廊下を歩いてきた。
目が合えば挨拶をしようと思っていたが
相手は私に気がつかず、目の前を通り過ぎて行った。
以前なら、こういうことがあった時は、家に帰って、
「病院で○○先生を見たよ」と、妻に話したはずだが、
その妻はいない。
何気ない会話が出来なくなったことが、何とも、もどかしい。
長生きする必要がなくなった今、
健康チェックをする必要があるのだろうか。
区の検診であり、無料ということもあり、
ルーチンワークの一環として、受けているに過ぎないとも言える
一方、
何か、意識されていない目的が潜んでおり、
それが、私の体を、受診の方向に後押ししているのかも知れない。
数年前、空腹時血糖値が140になり糖尿病と判定されたことがある。
その後、改善して110まで下がっているが、まだ糖尿病予備軍の範囲と言える。
糖尿病の人は、そうでない人に比べて認知症発症のリスクが
2倍に跳ね上がるという。
私の亡くなっている両親は、平均寿命以上は生きたが、
後半は認知症になっていた。
要因として遺伝もあるようなので、
私も、そうなる可能性はある。
なぜ認知症になってはならないのか。
認知症になれば、妻の事を忘れることが出来、
辛い思いをしなくてもよくなり、楽になるはずではないか。
しかし、
辛さと向き合い続けるとしても、
“妻との思い出”は頭の中に残しておきたい。
そういう理由で、
認知症になってはいけない。
そのためには、糖尿病にならないようにしなければいけない。
糖尿病にならないために、事前の健康チェックが必要ということになる。
“健康診断”と“妻の思い出”との関連性の理由づけが出来たことで、
健康診断を受けることは、
私にとって、意味があるということがわかった。
診断結果の数値は、1ヶ月後にわかる。