これからも妻といっしょに

がんで無くなった妻。その魂と引き続き共に歩みます

命の尊さを学ぶ

喪失感、悲しみ、後悔、空虚感。


これらを、私は、6年前、神様から受け取った。
私が求めていないものを、神様は、勝手に私に渡したのだ。


返せるものなら、今すぐにでも返したい。
でも、神様は、受け取ろうとしない。


神様は、人が嫌がることをするのが好きみたいだ。
少々、屈折した心の持ち主かもしれない。


そうでないとしたら、
神様は、別の意図があって、このような行為をしたのだろうか。


考えて見た。


妻の死で、私は命の尊さを学んだ。
それまでは、“命”について、深く考えることはなかった。
神様は、それを私に教えようとしたのか。


妻とは、価値観も近く、お互いに信頼し合う関係だったと思っている。


そのような二人を引き離した訳とは。


涙を流している時、哀しんでいる時、苦しんでいる時、
妻の死を経験する前よりも、
人間的になっている自分を感じることがある。


一人の女性をこんなにも愛し、そして傷ついている自分に対して、
より深い人間になっていると感じる。


神様の意図は、こういうことだったのか。


でも、
私の心の成長だけのために、妻の命を使うのは、
あまりに妻が可哀想で、理不尽ではないか。


神様は、こう答えるか。


「大丈夫、奥さんは死んでいませんよ。あなたが次に行く世界で
待っていますよ」と。


もしそうであったら、
「受け取っている、“喪失感”、“悲しみ”、“後悔”、“空虚感”は、
責任を持って、私が管理します」と、私は答えるだろう。



以上、
また、妄想の世界に入ってしまいました。


妄想は自分の頭の中だけに留めておきたいところですが、
それを文字に書き出すことで、
生きるエネルギーが発生する感覚があるため、
時々、書くことにしています。

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