これからも妻といっしょに

がんで無くなった妻。その魂と引き続き共に歩みます

お金の話

“お金”。
持っていて、損するものではない。
(それによって、相続問題で、親族間の争いが起こることもあるが・・・)


と言っても、
使うまでは、ただの、紙、銅、アルミ、ニッケルにすぎない
「使うこと」によって、初めて価値が出る性格のものだ。


何に使う?
自分のために使う?
誰かのために使う?


私の場合、
お金は、
自分のために使っても、その価値は上がって来ない、
大切な人(妻)に使って初めて価値が出る
お金は、「妻と私の幸せな老後」を後押しする大事なツールだと
思っていた。


私は、
倹約は、“二人のよりよい老後”につながると思い、
それを実行していた。


会社を退職した後は、年1回海外旅行することを決めていた。
2016年、2017年は、それを実行した。


しかし、妻が、
2017年5月23日、がんステージ4の告知を受け、
2017年10月6日に亡くなり、
3回目以降の計画はなくなった。


貯めたお金の使い道がなくなった。
自分だけのために使っても、お金の価値を上げることは出来ない。


貯めたお金の迷走が始まった。
行き場のないお金。


倹約生活はルーティン化しているので、
今後、貯金が大きく減ることはないはずだ。


妻が亡くなって5年が過ぎた。
今の貯金額は、
妻が生きていた場合に比べて、
5年分の海外旅行費、妻に渡す小遣い分(お金の管理は私がしていた)だけ、
多くなってる計算になる。


しかし、
私にとって、
“価値の下がったお金”を持っていることが、
「幸せ」につながることはない。


“いない人”への、お金の使い道を日々考えているが、
まだ、見つけ出せていない。

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